"他人の内面をダイレクトに操作しようと願う人間-つまり、「政治的な人間」-は、演技的な怒りや演技的な悲しみや演劇的な苦悩に熟達するようになる。
政治家が「過剰に感情的になっている」ように見えるのは、当たり前なのである。
橋下大阪府知事や石原都知事は怒りを剥き出しにすることでメディアの注目を集め続けているが、これは計算ずくのパフォーマンスだろうと思う。
「怒る人」は衆人の耳目を最優先に集めることができるからである。
成員の誰かが怒っている場合、その怒りを鎮めることは共同体の最優先課題となる。
その他の日常業務を一時停止しても、怒りを鎮めるために、資源を緊急投入せねばならない。
というのは、怒っている人間は「共同体の弱い環」だからである。
例えば、あなたが帆船の乗組員であった場合、クルー内に「常軌を逸して怒り狂っている人間」がいた場合、彼がもたらすリスクは致命的なものとなりかねない (彼は氷山や暗礁の接近を通告しないかも知れないし、羅針盤を叩き壊すかも知れないし、スープに腐肉を投じるかも知れない)。
だから、怒っている人間がいれば、私たちはその(かなり身勝手な)言い分にも耳を傾け、その要求を(できる範囲で)受け容れ、何とかして怒りを鎮めようとする。
共同体の安全のための、それがルールだからである。
「怒っている人間をそれ以上怒らせるな」というのは、人類学的な命令なのである。
「怒る政治家」たちは、それを知っている。
それを利用している。"

感情表現について (内田樹の研究室)

Posted 9 months ago with 9 notes
View Notes
  1. hatenasan reblogged this from hopper-bopper
  2. hopper-bopper reblogged this from bnyaminn
  3. bnyaminn reblogged this from ngm
  4. tex reblogged this from nashi-kyo
  5. boostpc reblogged this from nashi-kyo
  6. nashi-kyo reblogged this from daizydaizy
  7. daizydaizy reblogged this from ngm
  8. ngm posted this